大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)768号 判決

原告 久保硝子株式会社

被告 吉田春雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告の原告に対する大阪地方裁判所昭和三三年(ワ)第二、〇〇五号工場建物等明渡請求事件の和解調書の執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

原告会社は昭和三一年九月別紙第一、二物件目録〈省略〉記載の建物及び動産をその所有者の訴外出川賢次、同出川賢三郎等より期間の定めなく賃料一ケ月金三五、〇〇〇円の約定で賃借し、爾来工場として使用してきていたところ、右原告会社の賃借していた建物及び動産(以下本件工場及び本件工場内動産と略称する)が、右出川賢次等の被相続人出川賢一において国税を滞納していたゝめその滞納処分として本件工場の敷地とともに公売に付され、訴外浅田行雄の競落取得するところとなり、同訴外人は原告会社を相手として右競落物件のうち原告会社において賃借使用中の本件工場の明渡及び本件工場内動産の引渡請求の訴を当庁に提起し、当庁昭和三三年(ワ)第二、〇〇五号事件として係属するに至つた。こゝにおいて原告会社は硝子製品を納入していた関係から知合いの被告に前記訴訟事件を相談したところ、被告より弁護士である訴外林藤之輔(以下林弁護士と略称する)を紹介されたので、右林弁護士及び訴外弁護士石井通詳に右訴訟事件の訴訟代理人を委任し、前記浅田行雄が本件工場内動産の所有権を取得したのは、大阪法務局昭和三二年一二月一〇日受付第二五、一六九号国税滞納処分による差押に基いてなされた公売の結果によるものであるから、前記の如く右滞納処分による差押以前より本件工場を賃借していた原告は右賃借権を以て右浅田に対抗しうるものであると主張して抗争していたところ、昭和三四年一〇月八日の口頭弁論期日に至り、被告は右訴訟事件に参加人となる法律的な利害関係もないのに参加申出もしないで突如として右訴訟事件に参加人として参加し、原告代理人として林弁護士が出頭して左の如き趣旨の和解が成立した。

一、前記浅田行雄は本件工場内動産を本件工場の敷地とともに被告に売渡す。

二、原告は本件工場を昭和三六年一二月末日限り被告に対し無条件で明渡す。

三、被告は原告に対し前項の明渡期日まで本件工場及び本件工場内動産を無償で貸与し、本件工場明渡の際に本件工場内動産を原告に贈与する。

ところで、原告が前記訴訟事件について林弁護士に委任した委任事項は、前記浅田行雄を相手方とするものであり、その際同弁護士に和解の特別授権をもなしていたとはいえ、被告との間には何等の訴訟委任をなした覚はなく、しかも前記和解の結果は、原告において勝訴しうるものと考えていたのに全面的敗訴に等しい内容のものであるから、このように訴訟の相手方を異にし、訴訟目的と相反する如き条項で和解をなす場合には、改めて訴訟委任を受けることが要請せらるべきものといわなければならないのに、かゝる委任も受けないで林弁護士が被告との間になした本件訴訟上の和解は権限のない代理人によつてなされたものとして無効であるから、本件和解調書の執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として、訴却下訴訟費用原告負担の判決を求め、原告の本訴請求異議の訴は、裁判上の和解につき代理権の欠缺を理由に和解調書の無効を主張するものであるが、和解調書は確定判決と同一の効力を有するものであるから、和解調書成立後は最早確定判決に対すると同様その当然無効は主張しえず唯その成立道程に確定判決に対する再審事由に該当する瑕疵の存することを主張して再審の訴に準ずる調書取消の訴を提起できるに過ぎないと解すべきであり、仮に百歩を譲り和解調書に対する無効の主張を認めるとしても、これは債務名義にかゝげられた請求に関する実体上の異議ではなく、債務名義が有効に存在しないという債務名義そのものに関する形式上の異議の主張であるから、執行文の付与に対する異議によるべきものといわねばならぬから、いずれにしても請求異議の訴は許されず原告の本訴は却下さるべきものであると述べ

本案につき主文同旨の判決を求め、答弁として

原告の主張事実は、被告の本件訴訟参加が原告の予期しなかつたものであること。及び被告が本件和解の内容を和解成立まで知らなかつたということを除き全部認めるが、被告が本件訴訟に参加し和解をなすに及んだ経緯は次のとおりである。

所謂競売ブローカーであつて、他に転売して巨利を博することを目的に本件工場等を競落取得した前記浅田行雄は、連日に亘り本件工場の明渡及び本件工場内動産の引渡を原告に迫り、これに困惑した原告は被告にこの窮状を訴えてきたので、被告は原告に知合の林弁護士を紹介し、原告は同弁護士を代理人として昭和三三年三月一五日右浅田を相手方として大阪簡易裁判所に本件工場使用継続の調停申立をなしたが、右調停も競落物件を競落代金三二〇万円をはるかに上廻る金七五〇万円で買取方を要求して譲らぬ相手方浅田の一方的打切により不調となり、その後間もなく右浅田は原告主張の訴を提起してきた。而して右訴訟において、原告はその主張の如く賃借権で以て右浅田に対抗しうるものと主張し、これに対し右浅田の主張は繋争物件の競売原因となつた国税滞納処分による差押の登記は、原告の賃貸借開始前になされていたのを、原告の賃貸借開始後所有者の死亡に伴い一且これを解除抹消し、同日相続人に対して改めてなしたもので、右両登記は相次ぐ一体のものであるから原告の賃借権は競落人たる前記浅田に対抗できないというにあつて、昭和三三年六月一三日より昭和三四年七月一六日まで前後七回の弁論期日が開らかれ、概ね証拠調も終つた段階で裁判所は和解を試みる旨の決定をなし、その期日を同年九月二二日と指定されるに至つた。そこで林弁護士は右期日までに具体的に和解案を準備するよう原告に要請するとゝもに、原告の質問に答えて、前記困難な法律判断が中心問題であるから訴訟の帰するは逆としえないこと、並びに相手方は前記調停において提示した条件と略同一の和解案を主張するであろうことを説明し、その結果原告は前記競落物件を買取る以外に解決の途なく、而もその代金は到底金七五〇万円を下らないであろうことを観念した模様であるが、自己において右代金の調達も不可能なことから、同月上旬頃被告に対し右買取代金を貸して貰いたい旨申入れたが、被告がこれに応じなかつたところ、原告代表者本人自ら同月中旬頃被告に対し被告において競落物件を買取つたうえこれを原告に使用させて欲しいと懇請してきた。ところで被告は本件競落物件を買取ることに意は進まなかつたが、隣接して工場を有する同業者である原告の依頼を無下に断るわけにもゆかなかつたので、近き将来において競落物件中の不動産だけでも被告の経営する工場拡張に利用できればと思い原告の懇請を容れるべく次のような提案をした。即ち(イ)原告は和解成立後一年間に限つて競落物件を使用して従前通りの工場経営を継続し、この間に移転準備をすること。(ロ)原告は競落物件中の不動産を右期限を以て被告に明渡すこと(ハ)原告が(ロ)の明渡をその期限に履行したときは原告が競落物件中の動産を移転先の新工場に設置することができるようにするため被告はこれを原告に贈与すること(ニ)以上の趣旨を執行力ある和解調書の上で明確にすること。被告の右提案に対し原告は概ねこれを諒解し殊に前記浅田との和解に被告の参加をえて一挙に解決することには異議はなかつたが、原告は確答しないまゝ前記九月二二日の和解期日を迎えることとなり、被告も念のため右和解期日に出頭したところ、同期日では前記浅田は即金ならば金七二五万円で被告に売却してやる旨表明したが、原告の態度がはつきり決らなかつたため和解期日は続行され、その後同月二五、六日頃期日外においての原告代表者本人の従兄であり且つ原告会社の取締役の地位にあつた檜山光平こと黄性杉及び原告会社の社員の田頭早苗列席のうえでの原告代表者本人の申出に応じ、被告が前記提案中の不動産の明渡期限を昭和三六年末まで延長するとゝもにその期日までは原告に競落物件を無償で使用させることを容認して原被告間の話合が纒り、同年一〇月八日の和解期日において、原告代表者本人に代つて出頭していた前記檜山及び田頭の依頼に基き林弁護士は本件和解をなすに及んだものである。

ところで原告の主張するところは、本件和解は訴外浅田行雄を相手方とする訴訟事件につき訴訟委任を受けた林弁護士が、右訴訟に利害関係人として参加した被告との間になしたものであるが、原告は林弁護士に被告を相手方とする訴訟委任をなした覚はないので、林弁護士に被告を相手方とする本件和解をなす権限はなかつたものであるから、本件和解は無効であるというにあるけれども、訴訟委任に基く代理権の法定範囲を規定した民事訴訟法第八一条第一項の「ヽヽヽヽ参加に関する訴訟行為ヽヽヽヽヽヽ」が参加人に対する攻撃防禦を意味するものであり、亦訴訟上の和解に訴訟当事者以外の第三者を参加させて妨げないことも学説判例上争のないところであつて、原告が林弁護士に前記訴訟委任をなすに際し所謂和解の特別授権をなしたことは原告の自認するところであるから、林弁護士に本件和解をなす権限のあつたことは明らかである。

のみならず、被告が本件和解をなす経緯として述べた事実からすると、林弁護士は本件和解をなす権限を原告より具体的に付与されていたものというべきであると述べ

抗弁として、仮りに百歩を譲つて林弁護士に被告との間の本件和解をなす権限がなかつたとしても、原告は本件和解成立後、右和解条項に基き、被告の所有にかゝるものとして本件工場及び工場内動産を無償で使用して硝子製造業を営んでいたが、右和解調書上の不動産明渡期限である昭和三六年一二月末日が迫つてきた同年一一月頃、原告代表者本人は被告に対し既に工場移転予定地を買収する契約も売主との間では内定しているが右土地が農地のためその転用許可が同年一二月二〇日になる予定なので正式契約が遅れるので本件工場の明渡期限を更に三ケ月猶予して欲しい旨申入れてき、前記檜山の案内で右買収予定地という土地を見せられたので被告もこのことを信用し、前記原告の申出に応じ前記明渡期限を昭和三七年三月末日まで猶予することを承諾し、その際原告は万一右猶予期間に明渡を履行できないときは本件和解調書に基く強制執行を受けても異議がないことを約したものであるから原告は追認したものというべきであると述べた。〈立証省略〉

理由

一、本案前の抗弁について

被告は裁判上の和解は確定判決と同一の効力を有するものであるから当然無効はありえず、代理権の欠缺を理由にその無効を主張して請求異議の訴を提起することは許されないし、仮りに和解調書の無効を認めるとしても債務名義が有効に存しないという債務名義そのものに関する形式上の異議の主張であるから執行文付与に対する異議によるべきであつて、原告の本訴は却下さるべきであるというけれども、裁判上の和解は確定判決と異り一面私法上の契約たる性質を有し私法上の無効原因が存するときは、当初より当然無効にしてその内容たる法律関係について既判力を生ずるものではなく代理権の欠缺も実体的要件を欠くものとしてこれを理由に請求異議の訴を提起することが許されるものと解するのが相当であるから、被告の右抗弁は採用できない。

二、本案についての判断

原告主張事実は、被告の本件訴訟参加が原告の予期しなかつたものであること及び被告が本件和解の内容をその成立まで知らなかつたという点を除きすべて当事者間に争がない。

ところで、原告は本件和解は訴外浅田行雄より原告に対する大阪地方裁判所昭和三三年(ワ)第二、〇〇五号工場等明渡請求事件についてなされたものであるのに、右浅田と原告との間ばかりでなく、参加につき法律上の利害関係もなくその手続もしないで右訴訟に参加した参加人たる被告と原告との間の和解も包含されているが、原告は右和解に関与した自己の訴訟代理人弁護士林藤之輔に対し参加人との間にかような和解をする権限を授与したこともなく、且つ和解の結果も原告の全面的敗訴に等しく原告の全く予期しなかつたものであるから、このような場合は改めて訴訟委任を受けることが要請せらるべきものであつて、林弁護士には本件和解をなす権限がなかつたものというべく、本件和解は無効であると主張する。しかしながら、裁判上の和解においても、紛争解決の方法として訴訟当事者でない第三者がこれに加り、訴訟物でない法律関係をも加えて合意をなすことが許されるとゝもに、右第三者の加入の態様も必ずしも民事訴訟法所定の参加手続をとつた場合に限らず事実上和解に参加した場合もこれに包含されるものであつて、かような和解も亦無効ということはできないし、又一定の事件につき訴訟委任を受けた弁護士は民事訴訟法第八一条第一項所定の参加に関する権限をも有するものである。してみると訴訟委任を受けるに当り同法第八一条第二項所定の和解の権限を与えられた弁護士はその訴訟の相手方のみでなく裁判上の和解に事実上参加した第三者との間においても和解契約を締結する権限を有するものと解すべきであつて、その締結した和解契約の当、不当の如きは特段の事情がない限り和解の効力に影響を及ぼさないものというべきである。

このような見地から本件をみると、原告が前記浅田を相手方とする訴訟委任をなすに際し林弁護士に同法第八一条第二項所定の和解の権限を授与していたことは原告の自認するところであるから、本件和解が権限なくしてなされたものということができないことは明らかであるばかりでなく、前記の当事者間に争のない事実に、印影につき争がなく且つ被告本人訊問の結果により真正に成立したことが認められる乙第一号証、証人林藤之輔の証言によりいずれも成立を認めらる乙第二号証の一乃至三、及び右証人、被告本人の各供述並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被告主張の本件和解を締結するに至つた経緯及び追認の抗弁において述べた事実をすべて肯認することができ他にこれに反する証拠がないことからすれば、林弁護士は本件和解をなすにつき原告より具体的に和解の権限を授与されていたことが認められる。

されば原告の本訴請求は失当として棄却を免れず訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 美山和義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例